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アイドルのヒ・ミ・ツ 12

全身に消毒の紫外線ライトを浴びてから観音開きの扉を開くと、飛行機の格納庫のような広い空間が開ける、博士がスイッチを押すと薄暗いライトが灯る。目を凝らすと壁に巨大なパイプが蛇の様に不気味に曲がりくねって這うように張り付いている。パイプが絡み合っているため広いにもかかわらず圧迫感を感じる。その圧迫感からの唯一の救いといえば天井が明り取りのガラス張りでそこから外からの明かりが取り込めることになっていることだろう。しかしこの日の嵐で雨風がしぶきのように叩きつけて圧迫感を和らげる役目を果たしてはいなかった。所々で機械が唸りをあげている。その時稲妻が閃き、光が中央に30メートルはあろう巨大な金属球が浮かび上がらせた。映画の効果音のように雷鳴が響く。唖然と見上げるボクを尻目に博士は壁際にある制御装置に向かいクリスマスツリーのイルミネーションライトのように色とりどりに点滅するスイッチの一つを押す。すると地鳴りの様に響きながら巨大な金属球が真っ二つに割れ始めたではないか。重金属独特の軋む音が反響する。開いた金属球は中が空洞になっておりその間の根元に床照明に照らし出された一つのピンクの椅子が現れる。施術を受けるであろう者が座る椅子なのだろう。椅子には獲物を待つ怪物の疑似餌にも感じられた。通れるくらいの距離のところで金属球は停止する。
「これが『細胞原子分解再構成装置ゼウス』じゃ」
博士は得意げに話し続ける。
「あんたから貰ったデータはすでに打ち込んである。あとはその娘がその椅子に座るだけでお望みの美女ができるって寸法じゃ」
ボクは自分の中に期待の衝動が湧き上がってくるのを押さえることができなかった。これによって新アイドルが誕生するのだ。驚く福服さんや後祭らスタッフたちの顔が目に浮かぶ。
「さあ!娘さん服を脱いで裸になりなさい」
博士の言葉に一瞬我に返る。
「裸になるって・・・・?」
ボクはモラを見ると恥ずかしさのあまり真っ赤になってしまっている。この無機質な研究所に更衣室と言った気の利いたものはなさそうであった。
「このままの姿で細胞原子分解再構成装置に彼女に入ってもらってはダメなんですか?」
ボクは思いがけない障壁にまごついてしまう。
「べつに服を着たまま入ってもらっても良いがな。ゼウスは全ての物を原子分解してしまう。着ている服も原子分解されてしまうので施術が終わったあと娘さんは真っ裸じゃぞ。それでもいいのかな?」
研究一筋のデリカシーのない博士から、いたいけない少女を救うべく見かねた美玉助手が助け船を出す。
「あなた社長さんなんでしょ。あなたの部下に新しい服を持ってきてもらったらどうかしら?この子の体型も変わってしまうことだし」
(それは良い考えだ。どうせ福服さんが迎えに来ることになっているんだ。ついでに服を持ってきてもらえば全てが滞りなく進行できる)
「そ、そうですね・・・博士、ちょっとお待ち願えますか?」
ボクは携帯電話を取り出す。
『もしもし福服です』
「あ・・・ボクだ。長閑モラの手術を今から行うんだ」
『え・・・・今からですか』
長閑モラのイメージチェンジのことは企画書で確認済みなのだが突然のことで副社長も不安げな様子が伝わってくる。
「なあに心配することはないよ。ほんの短時間で終わってしまう整形手術なんだ。それより急なことですまないんだけどモラの体型が変わってしまうんで彼女の新しい服を持ってきてほしいんだ。今から変身後の彼女の体のサイズを転送するよ。それに合ったカワイイ服を頼む」
サイズと一緒にあらかじめ用意していた新しいアイドルの服装の絵を参考用に転送する。フリルの付いた赤と白で構成されたカワイイ服であった。
『社長、それでしたら秘書の安桃も連れていくことにします。私は女性の服に関してはうといので・・・・少し遅れますが』
「ああ…頼んだよ」
ボクは携帯電話を切る。
「お手間を取らせました。服を持ってきてもらうことにしましたので、このままの恰好でお願いします」
その時壁の電話がけたたましく鳴った。待機していた美玉助手が受話器を取る。
「博士、ただ今空港行きのタクシーが参りました」
「そうか・・・・施術が終わるまでワシが見届けてやりたいところじゃが。もう時間がない。今からワシは欧州に飛ぶ。欧州の科学医学界がワシを表彰してくれるというんでな。行かねばならん」
「この嵐だと飛行機が飛ばないのでは?」
ボクの問いに、
「フン。ワシのコンピューターではあと3時間くらいで嵐は過ぎ去ると出ておる」
と博士はにべもなく答える。
博士が白衣を脱ぐとすでにスーツ姿になっている。美玉助手がキャリーバッグを転がしてきた。ボクは心細くなった。
それを見抜いてか博士は、
「なあに、あとはボタンひとつ押してその子が椅子に座るだけじゃ。そのあとは機械が全てやってくれるよ。馬鹿でもできる。心配無用じゃ。3時間もすればことは終わるよ。」
博士はボクに一際大きく赤く光るボタンを示す。
「くれぐれもボタンを押し間違えんようにな・・・・といっても他のボタンを押したところでブロックされているから大丈夫じゃがな。
ああ・・・施術が終わって研究所を去る時ドアは閉めるだけでよい。自動ロックになっているからな」
博士と美玉助手は出ていき、ボクとモラ二人がポツンと残された。ボクは自分を奮い立たせるように、
「さあ、始めようか!博士によると痛みはないから怖がることはないよ」
「・・・・・・・・」
しかしボクは彼女に恐怖心を植え付けていることに気が付いていなかった。
恐怖映画でよく怖さを醸し出すために表情の下から煽る様にライトを照らす演出があるが今のボクはまさにその表情になっていたことに不覚にも気付かなかった。床照明のライトが下からボクの表情を照らし墓場から出てきた死人のような形相になっていたのだ。
ボクはモラを『細胞原子分解再構成装置ゼウス』の手術台へ導こうとする。
「さあ・・・ここへおいで・・・・」
ボクは優しく少女を装置の中の椅子に腰かけさせようと腕を掴んだつもりだった。ここで長閑モラの恐怖は最高潮となった 。
「オラやっぱり怖えぇぇぇぇ!いやだべーーーーーーー!!!!!」
思いがけない力でボクは少女にはね飛ばされた。
ボクはヨロヨロと後づさって床に横たわっていた配線に靴の踵がひっかかってそのまま加速し勢いづいて『細胞原子分解再構成装置ゼウス』の椅子にすっぽりはまり込むように座ってしまった。
すると椅子の脇から金属のベルトが次々と飛び出してきてボクの首、腕、手首、腹、胸、腿、足首と絡みつくように巻きついて来たのだ。ボクは椅子に固定され全く動けなくなってしまった。そして耳に金属の軋む音が飛び込んできた。今度は金属球が閉じられていく音だった。逃げたくても動くことができず唸り声を上げて球体は閉じられていくのを見ているより他なかった。その隙間から走り去っていく長閑の後ろ姿が目に入る。
「誰か助けてくれーーーーーー!!!!!」
ボクの叫びは『細胞原子分解再構成装置ゼウス』の閉ざされた金属の壁の中でむなしく反響するのみだった
やがてガス漏れのような音がする。それは麻酔ガスであった。ボクの意識は遠のいて行った。


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アイドルのヒ・ミ・ツ 11

その日はどんよりと重く灰色の雲が垂れ込めていた。天気予報によると間もなく嵐が来るということだった。
(ちぇっ、新アイドルが誕生する記念すべき日だというのに)
ボクは福服さんに教えてもらったダイヤルナンバーを回し社長室の金庫を開け一千万円を取り出し無造作にアタッシェケースに収める。思い直し一応見栄えが良いようにきれいにそろえ直す。まだ金庫の中には何千万円かが残っているがこれからプロジェクトを進行していくのに必要なものだ。
社長室から出ると受付のソファーに長閑モラがどこか自信なさげに座っている。
「さあ!行こうか」
ボクは努めて明るく話しかける。
「ちょっと遠出してくるよ」
秘書の安桃さんは、
「いってらっしゃいませ」
気持ち良く送り出してくれた。
福服さんは社長として他社で交渉中、後祭は年に一度の人間ドッグということだ。その方がボクにとって好都合であった。
(ボク一人でアイドルを作り出して見せる。あの金融業者の金暮という男が言っていたな。『あなたのお父様は‘男‘でしたよ』って。よし!上等じゃないかボクも男になってやろうじゃないか!)
会社を出るとそこにはすでに運転手付きのベンツが待機している。犬のロンが寂しげに見送っている。ボクは長閑モラと後部座席に乗り込んだ。
「『細胞未来研究所』へやってくれ」
「かしこまりました」
ベンツは滑る様に走り出し、同時に激しく雨が降り出した。
(いまいましい雨だな。約束の時間に間に合えばよいが・・・)

細胞未来研究所は山中にあるためベンツは曲がりくねった坂道を進んでいく。雨は嵐と化しますます激しくなる。横殴りの雨がベンツのフロントガラスに叩きつけ前方の景色は霞んでいる。ワイパーは勢いよく水を掻き分けるものの余りの激しい水量で追いつかない。自然ベンツの速度も遅くなる。
ボクはイライラするものの変に運転手を煽り立てて事故にでもなったら大変なので耐え忍ぶ。時折雷鳴が轟き隣のモラは耳を塞いで頭を伏せブルブル震えている。
(全く・・・女の子っていうのは臆病な動物だな・・・)
「大丈夫だよ」
ボクは励ますようにモラの背中を優しく撫でる。
そのとき
「社長」
と運転手が注意を促してくる。見るとフロントガラスの先に行く先を通せんぼするように黄色いコートを羽織った男が雨風の中立ち塞がって手に持ったライトを振っている。車を止め運転手が窓を少し開ける。雨風が吹き込んでくる。作業員の男が顔を近づけ叫ぶように言う。
「すいません!この先で土砂崩れが発生したんですよ。この先は通行止めです。引き返してください」
ベンツは狭い道を器用にUターンする。
「なんとか脇道を探してくれ。どうしても行かなければならないんだ」
「はい」
遅れそうな件を携帯で電話するが繋がらなかった。忠実な運転手は特注カーナビで脇道を探し出し狭く入り組んだ薄暗い山道をゆっくりと掻き分けるように進んで行った。

細胞未来研究所に着いた時にはすでに辺りは暗くなっていた。約束の時間より大幅に遅れてしまっていた。雨は激しく地面を叩きつけ雷が轟き研究所の蔦の絡まった古めかしい西洋風の舘を稲光が照らし出した。運転手が傘を差し車から出る。風が傘を吹き飛ばしそうになるのを運転手は必死にこらえている。傘はほとんど役に立たずに運転手はびしょ濡れになってしまった。彼はインターフォンで到着を告げると重々しい門が自動で軋みながら開いていった。
(古い屋敷の割にハイテク装置なんだな・・・)
ボクは妙に感心する。ベンツは屋敷の玄関に横付けされる。ボクとモラ二人は降りベンツを社に返す。事が終わったとき福服さんが迎えに来る手はずになっているのである。
ボクは玄関扉の重いノブをノックする。
と同時に扉が開き、
「なんじゃ!遅いではないか!何時間待たせるんじゃ!」
現れたのは白衣をまとったネットの夢現ナルタ博士の顔写真と同じ白髪の気難しい老人であった。
「申し訳ありません。初めまして。先日電話しましたロイヤルエンジェルプロダクション社長一心スバルです」
一瞬老人はたじろぐ。
「えらく思ったより若い社長さんじゃな」
「早めに社を出たのですが途中崖崩れに遭遇しまして回り道をしたため遅れてしまいました。重ね重ね申し訳ございませんでした」
ボクは深く礼をして遅れてしまったことを詫びた。
「フン、まあ外で話するのはなんだ・・・まあ入りたまえ」
ボクとモラは薄暗く広い玄関ホールを横切って応接室に通される。応接室は打って変わってシャンデリアの光に照らされた豪華な部屋であった。明るさに目が慣れるまで暫したたずむ。壁には油絵、棚にトラの剥製や舶来の花瓶が飾られてある。ボクらは勧められるままにソファーに落ち着く。博士が呼び鈴を鳴らすとボクたちが入ってきたのではない別の扉から一人の白衣を着た女性が盆を持って現れた。
「紹介しようワシの助手の美玉メルム君だ。女性ながら優秀なワシの右腕じゃ」
美玉助手は紅茶を目の前に差し出しながら軽く会釈をする。年は三十歳前後の肩に掛からない黒髪の美しい人でいかにも『大人の女』っていった感じで科学者にしておくのがもったいないような感じで女優さんになった方がよいのではと思えるような美女であった。
「ああ、君もここにいてくれ」
「はい」
美玉助手は博士の横のソファーに腰掛ける。
「で・・・例のものは持ってきてくれたのかな?」
「もちろんです」
とボクは、アタッシェケースを机の上で開けて博士の前に一千万円の札束を見せる。そのとき博士の目が一瞬輝いたのをボクは見逃さなかった。
「あいにくじゃがワシは今から出かけねばならないのじゃ。ヨーロッパでワシの研究に対して表彰してくれるというんでな。晴れの舞台に出なければならん。細胞原子分解再構成装置ゼウスの件じゃが。ワシが旅行から帰ってからにしてしてくれんか。あんたが遅れてきたんで処置の時間が無くなってしまったのでな」
「それは困ります。そうなるとわが社のプロジェクトが停滞してしまいます。今すぐこの子を細胞原子分解再構成装置に掛けてもらわないと」
「う・・・ううむ・・・」
博士は困り切ってしまい暫くの間沈黙が続く。
ボクは意を決して、
「仕方ありませんな。こうなってしまいましては細胞学の権威獅子ヶ谷博士にお願いするしかないようです・・・・わが社のアイドルプロジェクト会議で私は反対を押し切って
あなた夢現ナルタ博士を推薦したのですが・・・今この長閑モラの姿形を変えていただけないとなりますと部下の意見を取り入れてこの子を獅子ヶ谷博士に委ねなければなりません」
もちろん会議の話と言うのは嘘でデッチアゲである。
博士の顔色がボクの言葉を聞いて瞬く間に紅潮していく。
「なんじゃと!!あの獅子ヶ谷めに任せるじゃと!奴の細胞学理論はまがい物じゃ!あんなでくの坊に何ができるというんじゃ!」
夢現ナルタ博士は獅子ヶ谷博士と学会で犬猿の仲で、獅子ヶ谷博士の陰謀で夢現博士は追放同然で学会を追い出されてしまったのだ。そのためナルタ博士が獅子ヶ谷博士をことのほか憎んでいることをボクはネットで調べ上げていたのである。
「けしからん!ううむ・・・・美玉博士!今から『ゼウス』を作動させるぞ!一心社長!付いてこい!」
ボクは心の中でほくそ笑む。福服さんの交渉術第12条『交渉相手の事を徹底的に調べつくせ』という教えが役に立った。
博士が先頭になり美玉助手、ボク、長閑モラが付いていく。研究所は舘と別棟にあるらしく研究所につながる長い通路を博士は進んでいく。
隣を歩いている美玉助手がナルタ博士に聞こえないように、
「あなたってなかなかのワルね・・・」
とボクに言う。彼女はボクがナルタ博士にカマをかけたことを見破っていた。ボクは
「フフン」
と笑う。ボクはプロジエクトをやり遂げるためなら手段を選ばないつもりであった。

アイドルのヒ・ミ・ツ 10

その夜ボクは社長室で一人目を血走らせてパソコンを睨み付けていた。12本目の栄養ドリンクをストローで吸う。
そもそも部下を頼りにしようとしたのが誤りだった。社長としてのボク自身でプロジェクトを立ち上げるべきなのだ。
なにか良い案はないか突破口となるものがあるはずだ。ボクはあらゆるインターネットのページを繰った。何百ページ目かでボクの目に留まった言葉があった。
それは『細胞原子分解再構成装置ゼウス』というものだった。
詳しく読んでいくとこの世に存在する万物は原子で構成されている。そしていけとし生きるものを作り出している細胞もまた原子で構成されている。
『細胞原子分解再構成装置ゼウス』はその字の通り細胞を原子分解して全く別の細胞に再構成するのだ。
つまりはその人間の姿かたちを全く理想的な体に変えることだって可能なのだ。指紋までが変えることができ年取った細胞も若々しい細胞に変化させることができるそうだ。脳の情報はそのまま固定され記憶はそのままに保たれる。つまり自分が望む全くの別人になれるってことだ。
(なんて素晴らしいんだ!)
ボクは、はたと膝を打つ。
ボクはこの情報にすぐさま飛びついた。
さらに詳しく調べる。この装置の発明者は夢現ナルタ(65歳)と言い、写真が掲載されていたのだが明らかに映画や漫画でよく見るマッドサイエンテストといった風貌で白髪が伸び放題でその堅い針金のような真っ直ぐな髪が放射状に爆発したような顔はいかにも頑固を絵に描いたようである。丸い眼鏡をかけ、度の厚いレンズから鋭い眼光を覗かせている。
国内の学会では全く相手にされておらず変人扱いされているのだか欧州のほうではかなり名の知れ渡って評価もされているようであった。
その博士の所在は『細胞未来研究所』という所で、地図で調べるとこの会社から2時間ぐらいの距離のところだった。

翌朝ボクはホームページで『細胞未来研究所』を検索し電話番号が書かれてあるので早速そこに電話をする。暫くコール音がしてなかなか出てこない。あきらめようかとしたその時。
「なんじゃ!」
と大声で不機嫌そうな声が飛び込んできた。
頑固そうな口調でこの電話口に出た男こそ夢現ナルタ博士その人だと察しがついた。
「始めましてわたくしロイヤルエンジェルプロダクション社長一心スバルと申します・・・」
「セールスならお断りじゃ!ワシは今忙しいんじゃ」
相手は電話を切ろうとする。ボクはあわてて
「博士の『細胞原子分解再構成装置』に興味がありまして」
「ほう!」
博士は少し興味を持ったようであった。ボクは畳み掛ける。
(こういう男には単刀直入に言った方がよさそうだな)
「こちらには博士の研究費用を用意しております」
そしてボクは容姿に悩んでいる女性がいるので彼女をどうしても理想の姿に変えてやりたいのだと切々と訴えた。しかし博士にはそんな女性などより研究費の方に関心があるようだった。
「で・・・いくら払えるんじゃな?」
「一千万円でどうでしょうか?」
「話にならんな」
「今キャッシュですぐ用意できるのはこれだけですが。ゆくゆくは博士の『細胞原子分解再構成装置』でわが社の全てのタレントをお世話していただきたいと思いますので。なにとぞ今回はこの値段で折り合っていただけませんでしょうか?」
「・・・・・・・・・・」
暫く沈黙が続く。
「是非!」
必死にすがる様に食い下がった。
「フン・・・よいじゃろう」
キャッシュという言葉が効いたらしい。福服さん仕込みのにわか交渉術が役に立った。どうやら向こうもこちらの事を試しているようであった。ボクが本気なのかどうかを。

ボクの計画っていうのはこうだ。
あの長閑モラっていうあの田舎娘を『細胞原子分解再構成装置ゼウス』によってアイドルとして理想的な姿に矯正して売り出すというものだった。父の血を受け継いでいるためなのだろうかボクには根拠のない自信があった。
インターネットで博士からファイルが送られてくる。ボクはそれをダウンロードする。
そのファイルにアイドルとなる理想とする体型などを入力するのだ。
(おお・・・理想の性格まで入力できるのか・・・)
ボクは嬉々としてデータを打ち込んでいく
年齢はあの長閑モラと同じ16歳。
性格はちょっとか弱く、心優しい性格、大衆に親しまれるように。
ボイスサンプルから理想の美しい声を選び出す。人の心を震わせる声にはF分の1の揺らぎが必要なのだそうだ。もちろんそれも追加する。
スカウトするときの基準となるという父の作ったあのコンピューターソフトを応用することにする。
過去現在の女性アイドルのデータをすべて投入してその平均となるアイドル像を割り出す。時代のベクトルを加えたところでバーチャルのアイドル像が浮かび上がってきた。コンピューターが作り出したアイドル像はどこか無機質なのでそこに自分の好みである断片を書き込み親しみやすいアイドル像が完成した。その新アイドルの情報を早速細胞未来研究所に送信する。このアイドルデータは夢現ナルタ博士によって『細胞原子分解再構成装置ゼウス』に入力されるのだ。

若いっていうことはなんて素晴らしいんだろう。一睡もしていないのに体の中にますます気力がみなぎって来るのを感じる。社長室に朝日が差し込みボクの全身を照らす。
理想のアイドルが完成してこれで終わりではない。次に休むことなく企画書を練る。
このアイドルをいかにして売り込むかの計画書を作成するのだ。
パソコン上で言葉をいろいろと並び替えてこれから新しく売り出すアイドルの名前をあれこれと考える。ふと昔母と言葉遊びをした思い出が蘇った。西洋には言葉の積み木を並べ替えていろんな言葉を作るゲームがあった。イギリスに語学留学の経験があった母はそのゲームを応用して言葉を並べ替え幼いボクに言葉を教えてくれた。ボクが三歳のときの母との最期の楽しかった記憶だ。
アイドルの名前が決まった。
『城崎ルンナ』
べつに意図したわけではないのだが母の名前の一字が入っていた。
数時間後企画書が完成する。その間福服さんになんびとたりとも社長室に入らないよう釘をさしていた。おかけで集中することができて会心のプロジェクトが完成した。プロジェクト名は『プロジェクトXX』とした。
プロジェクトXX(ダブルバッテン)のXというのは、おくちにバッテン。つまり内緒ってことだ。そのバッテンがダブル二つあって最高機密トップシークレットって訳さ。自分のネーミングセンスの良さに惚れ惚れとしてしまう。
企画の一部分を社員全員のパソコンに送信する。『細胞原子分解再構成装置ゼウス』を使うことなどは極秘事項として明かさない。

電気髭剃りで顎を撫でながら福服さんに電話を掛ける。
「おはようございます。若社長」
「ああ、おはよう。今すぐ昨日の長閑モラって子を連れてきてくれないか」
「プロジェクトを立ち上げたのですね」
早速福服さんはプロジェクトXXの計画書を見たらしい。
「ああ・・・長閑モラを売り出すことにした。だから本人の了承を取りたいんだ」
「しかし担当の後祭は生憎健康診断に行って不在なのですが」
(それは好都合だ。あの後祭って男がいたら事がややこしくなる)
「いいよ、モラだけ連れてきてくれたら。そうそう本人には売り出すことにしたことは言わないでくれ。ボク自身の口から言いたいんだ」

「席を外してくれないか」
ボクは長閑モラを連れてきた福服さんに言う。なにか言いたげであったが福服さんは速やかに社長室から出て行った。
社長室にいるのはボクとモラ二人きりだ。ボクはモラに席を勧める。ボクの前に座ったモラはどこか落ち着きがない。
「君の履歴書を見せてもらったよ」
ボクは福服さんが用意した履歴書に目を落とす。
『長閑モラ
亜佐川県とんとろ村出身
得意 漬けること。漬物作り
両親と生き別れ。祖父母に育てられている
趣味 米ぬかをこねること』
「なかなか君も苦労しているんだねぇ」
色々と長閑に質問をして形ばかりの面接をする。本当の目的は『プロジェクトXX』を同意する契約書にモラに署名させることだ。
「君はボクに一生懸命にやると言ったね。アイドルになるためならなんでもやってくれるかな?」
モラはコクリと頷く。
「それを聞いて安心したよ。よし!」
ボクは一呼吸置いてから決めゼリフを言う。
「君をとびっきりのスターにしてあげるよ」
「本当け!」
モラの顔が輝く。
「その代わりと言ってはなんだが条件がある」
モラの表情に不安の影が射す。
「なあに大したことじゃない。ちょっとした整形手術を受けてもらう。君だってそのままの姿でデビューできるなんて思っていなかっただろう?」
「・・・・・・・」
「ボクに任せてくれたまえ。悪いようにはしないよ」
そう言ってモラに契約書を差し出す。
「君がそれにサインしてくれたら我が社は全力を尽くして君を輝けるアイドルにすることを約束するよ」
一瞬躊躇しながらもモラは震える手で契約書にサインをした。
(やった!)
プロジェクトXXは動き始めたのだった。

アイドルのヒ・ミ・ツ 9

「若社長、本日の予定ですが」
と福服さんが予定表を出してくる。
「階下のタレント養成所を視察されてはいかがでしょうか?アイドルの逸材を発見できるかもしれません」
(さすが福服さんだ。いい考えだな)
なんといっても今わが社はタレント不足で困っている状態なのだ。

当ビルの2階から数階上まではタレント養成所になっている。養成所の入会金、月謝などは『ロイヤルエンジェルプロダクション』の貴重な収入源だ。今までモデル、歌手、俳優を生み出してきた功績がある。
巨大なフロアを使っているものの最近は手狭になってきているため新たに土地を買いそこにタレント養成学校を建てるという計画もあったのだが多額の借金ができたため棚上げにされてしまっていた。
しかしボクにとっては中止になった方が都合よく感じられた。エレベーターを降りるだけでタレント養成所に行けるという手軽さがあるからだ。
福服さんとエレベーターから降りるとそこはもう養成所だ。深夜に福服さんの案内で下見に以前ここに来たとき生徒はすでに帰宅して殺風景であった。しかし降りた途端熱を帯びた空気と香しいフェロモンを感じた。福服さんに広間に通される。
そこにいたのはワックスのかかった板張りの上に整列している若き女子たちの姿であった。三百人ぐらいはいるだろうか。
この養成所は女子ばかりで男子はいない。言わば「女の園」だ。始め女性ばかりなのは父の女好きが昂じた結果かと思っていたのだが、福服さんの話によるとどうやらそうではなく昔男性も養成所にいたんだそうだ。しかし当時プロダクションのある人気男性アイドルがファンの誹謗中傷にさらされ思いつめた後自殺してしまったのだった。その頃の会社は弱小ゆえにその男性アイドルは働き詰めでゆとりを父は与えることができなかったのだった。
父はその少年を守りきれなかった負い目を一生背負っていくこととなった。
贖罪として父はこの会社にはそれ由来男性を入れることをやめてしまったんだそうだ。
しかし今まで生きてきてこれだけのかわいい女の子がいる場面に出くわすのは初めてだった。ボクは圧倒されてしまう。それも女子たち皆が社長であるボクに熱い眼差しを向けている。
(こりゃあ、ハーレムができるな・・・・)

「若社長さまぁ・・・気持ち良いかしらぁ・・・」
「うん・・・・まあな」
「ここはぁ?感じちゃう?・・・」
「あ・・・そ・・・そこ・・・」
「ここはどうかしら・・・」
「う・・・うっ・・・いい・・・すごくいい・・・はぁぁぁ・・・」
「うふふ・・・えいっ!」
「おぉぉぉぉ・・・・」
「若社長さまぁ、これだけの耳垢が取れましてよ」
ボクは女の子の膝枕で耳の掃除をして貰っている。耳かきがボクの外耳道をくすぐる。ボクはアラビアの王サルタンのコスチュームをまとっている。別の女の子は大きな団扇でボクに微風を送っている。
アラビア風に改装した大広間には生娘たちが横たわって今か今かと出番を待っている。みんなには千夜一夜のお伽噺に出てくるような色とりどりのアラビアの衣装を着せている。
「若社長、お肩をお揉みしますわ」
新しい女の子がいつの間にか後ろに侍っている。
「おお、そうか・・・・・」
料理が次々と運ばれてくる。
「若社長様、はい、あ~~ん」
食事のスプーン係の女の子がボクの口元までビーフストロガノフをフーフーと自分の息で冷まして持ってくる。
「もぐもぐもぐ・・・うっ・・・うう・・・これを作ったものは誰じゃ。呼んでまいれ!」
おずおずと厨房から一人のうら若き女子が進み出る。
「なにかお気に召さないことがありましたでしょうか?」
料理作り専門の子は脅えて今にも泣きそうだ。
「こんなうまい料理は初めてだ!褒美にそちを来月アイドルデビューとする!」
この子はうれし涙をダラダラと流しながら、
「ははーーーーっ、ありがたき幸せ!」
とボクにひれ伏した。
「いや~めでたい!祝いの踊りを始めいっ!」
すると楽団の女子たちがエキゾチックな音楽を奏でそれが合図で十人の踊り子がベリーダンスを始めるのだった。

「若社長、若社長・・・・」
福服さんの呼びかけにボクは現実に引き戻される。不覚にもボクは妄想に没入してしまっていた。
「若社長、これからこの子たちにジャズダンスを踊らせますのでオーディションのつもりでご検討下さい」
と福服さんは囁くように耳打ちする。
「う・・・うむ」
ダンスのインストラクターが手を鳴らして合図をすると音楽が始まり、女子たちは一斉に踊り始める。
ボクは今にもニヤケそうな顔を必死に堪え、無理やり眉間にしわを寄せ深刻な顔を作って腕組みをしてダンスを睨み付けるように凝視した。

「有望な新人はいましたでしょうか?」
社長室に戻って福服さんはボクに質問した。
実はボクは自分好みの女の子を見つけ社長の地位を利用してなんとか言いよれまいかと思案していた。
そんな不謹慎なことを考えていたので、アイドル発掘のことをすっかり忘れてしまっていた。
「う~ん、急場しのぎでアイドルなんてできないよ。困ったな」
ボクはもっともらしい感想を言う。
「参考になるかどうかわかりませんが・・・・」
福服さんはポケットからなにかを取り出した。
「あなたのお父様が開発された『アイドル製作ソフト』です。時間がある時ご覧になってはいかかでしょうか?」
それはなんの変哲もない一枚のCDロムだった。

仕事の合間の息抜きに福服さんがくれたCDロムをパソコンに入れる。このソフトは父が大金を投じて開発したものだそうで、このソフトには今までのありとあらゆるアイドルのデータ全てが投入されておりコンピューターがさらに時代のベクトルを加え今の時代が求めているアイドル像を解析してバーチャルとして出してくるという代物であった。そしてそのバーチャル像を社員に配布してその像に似た女の子を探し出しスカウトするというものであった。
しかしこのソフトの欠点はそうそうこの像と同じ女の子が見つかるというものではないという点だった。
確かにキーを叩いてパソコン画面に現れてきたのは思わずそそられる架空の美女だった。
(親父も無駄金を使ったものだな・・・・まあ道楽として考えるといかにも親父らしいな・・・・・)
ボクは椅子にもたれて、このソフトをバーチャルアイドルゲームにでも転用できないものかと思案する。椅子を回転させ足をブラブラとさせているとノックして福服さんが入ってきた。
「若社長、ただ今後祭ウマトラが帰社しました」
「後祭?」
初めて聞く社員の名であった。
「今まで北の方にスカウトの旅をして留守にしていたんです。なにか手土産があるようですよ」
現れた男は体育会系を絵に描いたような熱血ビジネスマンで颯爽と登場したという感じだ。
「若社長!初めまして後祭ウマトラと申します。わたくし粉骨砕身、社に奉仕する覚悟であります。宜しくお願いします!」
えらく威勢の良い人だ。
「ロイヤルエンジェルプロダクションの‘秘密兵器‘となるべく北のミスグランプリの少女をスカウトしてまいりました」
「ほう」
ボクは思わず身を乗り出す。
「さあ、おいで」
秘書室に待機している娘を手招きして招き入れる。
と遠慮がちに一人の娘が社長室に現れた。
その子の姿は、足は大根足、ポッコリしている体型、目はクリクリと小さく、少し下膨れの顔、紫外線の少ない土地柄なのか白い肌に、頬の桃のようにピンクが映える。髪は黒髪を後ろに団子状にしてまとめていた。
ボクは期待しただけに思わず勢い余ってずっこけてしまった。
その娘は‘かわいい‘と言うより‘おぼこい‘と言ったら方が当てはまるであろうか。
その儚げな女の子は都会のメイド喫茶でメイドしているより田舎の峠の茶屋で団子を売っている看板娘をしているほうがはるかに似合っているといういでたちであった。
「わたくし後祭ははるばる北の僻地へ行ってこの子長閑モラ16歳をスカウトしてまいりました!この娘こそ明日のスターです!」
誇らしげ言う。
悲しむべきかな後祭は田舎に長期滞在していたものだから感覚がマヒして田舎娘が絶世の美女に見えるようになってしまっていたのであった
あとで聞いた話によると過疎の亜佐川県とんとろ村というところからスカウトしてきたらしかった。その長閑モラという娘は確かにミスグランプリなのだが、村おこしで行った美女コンテストで村にいる若い娘3人の中から選ばれたということだった。
「ちょっと待って!冷静になって・・・・」
「いいえ今の時代は求められているのは『癒し』です。この娘こそ時代が求めている少女なのです!だから・・・・・」
後祭は得々と持論を展開し始める。
あらためて福服さんが用意してくれている後祭という男のプロフィールの性格欄を覗き見る。
『おっちょこちょい
お調子者
思い込んだらやみくもに猪突猛進して壁に激突するタイプ』
とある。
(周りの声に惑わされてはいけないぞ)
冷静に自分の心の声を聞く。
やがてボクの脳内で『このプロジェクト却下』のランプが灯る
後祭ウマトラ32歳と自分よりはるかな年上なのであるが、今の自分の立場は社長である。ボクは熱しているこの部下を冷静にさせなければならなかった。サーカスの猛獣使いの気分だ。
その時、長閑モラが口ごもるようにボクに言う。
「オラでダメけ?」
(う・・・なまってる・・・泣)
聞くところによるとモラは村の期待を一身に背負い退路を断って片道燃料で都会に出てきたのであった。
長閑モラは上目使いに胸の前に手を組んでお願いポーズでボクに涙ながらに懇願してくる。
「オラ一生懸命やるだ!掃除でも、洗濯でも、買い物でも、何でも言ってけろ!」
(芸能事務所は丁稚奉公じゃないんだよぉ・・・泣)
はるばる遠くから来てくれたこの少女には罪はない。下手なことを言って思春期のガラスの心を傷つけてはいけない。
頭が痛くなってきた。
「暫く・・・ひ、一人で・・・か・・・考えさせてくれないか・・・・」
ボクはそう言うのがやっとであった。後祭と長閑は礼をすると静かに社長室を出て行った。
後ろに控えていた福服も気を利かせて部屋を去って行った。ボクは一人社長室のデスクで頭を抱え込んで暫く動くことができなかった。
(よりによって村娘をスカウトしてくるとは・・・)


アイドルのヒ・ミ・ツ  8


朝の晴れ渡った空の元、まるでアリのような点となった人々が自分の巣穴に戻るかのようにそれぞれのビルに吸い込まれていく様子をボクは社長室からネクタイを締めながら見下ろす。
ノックして福服さんが入ってくる。
「おはようございます。若社長」
開口一番、
「なんで助けてくれなかったんだよ!」
ボクは夢で福服さんが助けてくれなかったことを責めてしまう。
「は?なんのことでしょう」
当然のことながら福服さんにはなんのことだか分からない。ボクは我に返って、
咳払いしてから、
「い・・・いやなんでもない」
と自分を鎮めるように言う。
夢の事を持ち出すほどそのときのボクは気が立っていた。
「今日の予定ですがこれから顧問弁護士が参ります」
福服さんの話によると父の財産について話し合うということだった。
「はじめまして」
と顧問弁護士が入ってきて、分厚い資料が社長の机に広げられる。顧問弁護士が父の莫大な遺産について説明を始める、その話が進んでいくうちにボクはその規模の大きさに窒息しそうになった。このロイヤルエンジェルプロダクションは手広く事業を拡大してあらゆる事業に手を出していたのだ。
スキー場経営、リゾート開発、ゴルフ場経営、ホテル経営、化粧品販売、健康食品販売、伸ばしている触手は枚挙にいとまがない。
景気が良く全ての事業が利益を上げているならボクはカノジョのハート射止めるため、夏はリゾート地へ冬はスキー場へ連れて行き
「はっはっはっ、これは全てボクのものなんだぜ」と自慢して自分のホテルへ連れ込んだであろう。
しかしこの会社も往時の『ロイヤルエンジェルプロダクション帝国』の勢いも父が死んだことで衰え、このままの経営状態を続けていくことは困難と思われた。
それに素人目に見ても明らかに手を広げすぎであった。
ボクは取りあえず赤字になっている経営から手を引き、事業を売却あるいは廃止して徐々に縮小していくことにする。
中には大きな赤字経営になっている事業もあり更に借金が増えてしまうのではなるのではとハラハラしたのだが財産整理が終わってみると借金は増えることも減ることもなく10億円のままで喜んでよいものか悲しんだらよいものか複雑な気分であった。


「わが社で倹約を社員たちに勧めていきたいんだけど」」
ボクは福服さんに提案する。
「よろしいんではないでしょうか」
電気代を節約するため昼休みは一切電気を消すという御触れをメールで社員全員に送信する。社長室も来客のないときは電気を消すということにした。
書類などは電子版にしてコピー紙を使わないことにする。社員への3時のおやつのアメの配布の中止。文房具は社員それぞれが自分で購入すること。などなど。
色々な施行案をリストアップする。
その時ボクのデスクの傍に寝そべっていたロンがムクリと起き上って、
「ウウウウウウ」
と窓の方に向かって唸り声を上げる。
振り返って見るとゴンドラの乗った窓ふきの掃除人が外からガラス窓を拭いている。ロンはボクを襲おうとロープで何者かが下りてきたのかと勘違いしてしまったようだ。
ボクはロンの首筋を撫でて、
「心配ないよ」
と言う。外の男が敵ではないと解ったのか賢いその犬は再び床に寝そべるのだった。
ボクは暫し思い直したのちリストの『ラブラドール・レトリバー ロン』の文字を二重線で消した。
「おや?若社長・・・犬は里親に出すのではなかったのですか?」
この大きな犬のエサ代もバカにはならない。ボクは経費削減の一貫としてこの犬を里親に出そうと思った。しかし父も亡くなり母からも離れ離れになってしまった今のボクにとっては唯一の肉親のような気がしてきた。
「我がままを言うようだけど。ロンと共に暮らしていきたいんだ・・・それでもいいかな?」
「若社長のご判断にお任せします」
基本的に福服さんはイエスマンなのだが、この時ほど安心した「イエス」の返事はなかった。

(他に倹約できるものはないものか・・・・)
ボクはあらん限りの頭を絞る。
その時福服さんが心配そうに意見する。
「お疲れでしょう若社長。そろそろ昼食を召し上がられては?」
壁の時計を見るとなるほど、針は2時を指していた。
「そうだね」
「昼食はほんの少しだけ豪華にしましょう。近くの老舗の食事処から懐石料理を出前させますから」
携帯電話を取り出す福服さん。
「え!?」
(なんだってお昼に懐石料理だって!?)
ボクは耳を疑う。
今にもその五つ星の高級料亭に注文を取ろうとしている。
「ス、ス、ストーーーーップ!!!!電話やめいっ!」
福服さんはきょとんとしている。
「やっぱり若社長には相応しい昼食を取っていただかないと。あなたのお父様も昼食はヘリコプターで300キロ離れた田舎のソバ名産地にソバをすすりに行っていたものでしたよ」
一体親父はどういう生き方をしてきたんだ。
「い・・・いいよ。コンビニ弁当で昼飯は済ませるよ」
ボクは引きとめようとする福服さんを振り切って社長室を飛び出した。
全くこの福服さんという男の金銭感覚はどうなっているのだろうといぶかってしまう。
あとで分かったことだが昼に福服さんが社長室に届けて今まで何気なく食べていた弁当は
全て特注のもので米や肉は最高級の素材のものを使ったものであった。ボクはそれを聞いて恐怖した
(ただでさえ会社は火の車なのに・・・・)
ボクはそそくさと逃げるようにエレベーターに乗り込む。犬のロンも一緒に乗り込んで来た。社長専用のエレベーターで一階に到着。降りたところで警備員がボクに敬礼する。ロンもボクと一緒に外に出ようとするので、
「待て!」
の合図で社内に待機させる。大きな犬なんて連れて歩いたら目立つことこの上ない。
しかし福服さんの言うことももっともである。会社の社長であるボクが安い弁当を買っている姿を見たら人はどう思うだろう。
なるべく遠くのコンビニエンスストアまで歩く。わが社の社員がいないことを確認してから中に入る。昼休みも終わった時間帯なので会社員らしき姿は見られなかった。こそこそ隠れるように安いコンビニ弁当と安いペットボトルを手に取りレジへ直行する。
「キャッ。ちょっと見てよ」
「わっ、本当!」
「やるわね~」
ボクは一瞬ビクッとしてしまう。
(社長であるボクが安弁当を買っている姿を見られてしまった・・・・)
振り返って見ると、女子高生3人が雑誌コーナーでタレント雑誌を覗いてはしゃいでいるのだった
「この人素敵ね~」
「うん」
「好み~」
試験休みなのか合間の息抜きしているようだった。
女子高生たちはボクに背を向けてタレントの写真に夢中になっている。どうやらボクは自意識過剰になってしまっているようだ。世間体を気にしてしまうことに窮屈さを感じてしまう。
全く悩みのない様子で今の時を謳歌している女子高生の姿。
(まったく女子高生ってのは気楽でいいよな。女子高生にでもなってみたいよ。そうしたらこんな気苦労はしなくていいものを)
と愚痴っぽく思ってしまった。
しかし後にボクがその女子高生になってしまうとはまだこの時知る由もなかった。

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